大判例

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東京高等裁判所 昭和38年(ネ)335号 判決

被控訴人山田は被控訴人の娘の夫で海上保安庁水路部海象課に勤務しているものであるが、昭和二九年頃東京都内の勤務先から広島市内の所属庁へ転勤になり、その時以来昭和三九年現在に至るまで広島市仁保町字新地浜六五五番地に住居を構え、同人の妻子も昭和三〇年頃本件一号室から同所へ転居し、右各転出と共に被控訴人山田とその家族はいずれも同市において住居登録をなし、子供を同市内の学校へ通わせ、家族一同前記住所地に生活していること、昭和三〇年頃以後被控訴人山田は本件一号室を被控訴人広木に常時占有使用させ、被控訴人広木もまたこれをその末娘夫婦にその新婚当時使用させていたことを認定することができ、この認定に反する原審および当審における被控訴人広木本人の供述は信用し難く、他にこれを左右しうる証拠はない。右認定事実からすると、被控訴人山田は被控訴人広木に対し自己の一家転居後(おそくとも控訴人の主張する昭和三四年一〇月一日以後)一号室を転貸しているとみるべきである。尤も、被控訴人山田は広島の住居は仮りの住いであり、右一号室は将来再び東京に戻り来る場合に備えて被控訴人広木に留守番をさせていたものであると主張し、前記石黒安、上原竹松の各証言及び被控訴本人山田紀男の供述によると、一号室には若干の被控訴人山田の家財道具が残されていること(但し家財道具の重要なものは殆ど同室に残して置いた旨の被控訴人両名の供述は採用しない)、被控訴人山田は一年に一、二回位公務出張等で上京し、その際一号室に一週間ないし一〇日位滞在することのあること、同被控訴人の妻もまれに上京し、その際一号室に泊ることのあることを窺うことができるけれども、これらの事実があればとて、同被控訴人がすでに約一〇年の永きにわたり前認定のようにその家族と共に広島市内に居住している事情を考え合わすとき、常識的に見て、広島の住居を仮りの住いとして、本件一号室に主要な家財を置き、月々無益な賃料を負担しつつ、被控訴人広木に留守を守らせ、同室を全面的に占有使用し続けているものと認めることはできない。

(奥野 真船 海老塚)

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